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世界の歴史に登場する「お茶」

「茶」は世界の合い言葉?

 ”お茶は世界の合い言葉”・・・というといかにも大げさな感じもしますが、あながちウソではないんです。

 世界のいろいろな言葉でお茶をさす言葉を探し出すと、

 
中国語 茶(チャ)
英語 tea(ティー)
トルコ語 chay(チャイ)
フランス語 the(テ)
オランダ語 thee(テー)
ドイツ語 tee(テー)
ポルトガル語

ヒンズー語

ペルシャ語

cha’(チャ)
アラビア語

ロシア語

cha(チャ)
 

などとなります。日本語は当然「茶(ちゃ)」ですね。

 これらは、お茶が中国から世界にひろがっていった事が大きな原因と考えられますが、この中でも福建語から由来する「テー」系の言葉(表のブルー色部分)と、広東語から由来する「チャ」系の言葉(表のクリーム色部分)に分かれるのがわかります。これにもおもしろい法則性があって、「テー」系の言葉は海路を渡って伝わっていった言葉「チャ」系の言葉は陸路を渡って伝わっていった言葉だといわれています。日本語の「茶」も 海を渡ったとはいえ朝鮮半島を経由して伝わった跡がうかがえるのです。

 

 

中国太古からの”お茶”

  中国最古にして最高のお茶の大全といわれる「茶経」を 陸羽が著したのが西暦700年代といわれますが、それ以前の西暦300年代を舞台にした三国志の中でも、劉備玄徳が母のために当時貴重品だったお茶を大事にふところに抱えて帰郷するくだりがあり、そのころには既にお茶が飲まれていたことがうかがえます。また 同じく三国志のヒーローである諸葛亮孔明が杖をついた所に生えたといわれるお茶の古木(孔明樹)が今でも中国に残っているといわれます。

 さらにさかのぼること紀元前2700年ごろの伝説に、神農といわれる漢方医学の祖が植物の毒をみずからの身体でためした際に茶の葉で解毒した、とあります。

 

 このように、気の遠くなるような昔からお茶は中国に存在したと考えられます。

 

 

世界の歴史の舞台に立つ「茶」

 中国から生まれ世界に広がった「茶」は、やがて紅茶という姿になって世界の歴史を揺るがします。

 ☆大英帝国を築く礎となった「茶」

 東洋で生まれたお茶はやがてオランダを経由しイギリスに伝わりました。そして4度の英蘭戦争を経て、お茶の貿易の主導権はイギリスに移ります。このころになるとイギリスの東インド会社は紅茶の輸入権を独占し、125〜200%という法外な課税をして本国に販売するようになりました。ここで得た莫大な利益がイギリス海軍の増強にあてられ、世界最強の海軍をつくり世界最強の大英帝国を築く源になったのです。

☆ボストン茶会事件

 さらにこの紅茶は高額な税率をかけてアメリカの植民地へも送られていました。こんな高い紅茶を買っていられないと考えた入植民はイギリス以外の国から紅茶を密輸入するようになりました。この動きによって大量の不良在庫をかかえてしまった東インド会社を救済するためにイギリス本国はその関税を無くすことにしました。これに怒った密輸業者たちがボストンの港で、東インド会社の船から紅茶の箱を大量に海に投げ捨てたのが「ボストン茶会事件」といわれるものでした。これは一港の一事件にとどまらず、やがて始まるアメリカ独立戦争の口火となる大変重要な事件となったのです。

Boston Tea Party

☆アヘン戦争の原因は・・・

 「アヘン戦争」をもう一度おさらいすると、イギリスからのアヘンの輸入を清国が禁止したことから起こる戦争、ということになります。ではその背景となったものとは・・・、それが「お茶」だったのです。

 当時 紅茶人気の沸騰によってイギリスは清国から大量のお茶を輸入していました。やがて多額にふくらんだ支払いに困ったイギリスはそれまで代価としていた銀のかわりにアヘンで支払うようになりました。これによって清国にアヘンが蔓延し大変な社会問題となったため、清国はアヘンの輸入を禁止しました。これが二国間の問題となりやがて戦争に発展していったのです。つまり、高くなりすぎた紅茶人気が戦争の発端となったということだったのです。

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 この他にも・・・

 この他にも、日本でも、安土桃山時代には茶の湯で名をあげた千利休や今井宗久などが政治の表舞台に立って時の流れに影響をあたえたり、と 「お茶」はしばしば時の歴史に影響をあたえてきました。

 

 

 シルクロードで交易されていなかったため ヨーロッパの人たちは中世までお茶というものの存在すら知らなかったといわれています。それでも、ひとたびその存在を知った人たちはそのために戦争まで起こしてしまいました。それぐらい、お茶は人の根に深く強く無意識に結びついているのではないでしょうか。

 

 

 

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最終更新日 : 2007/11/14